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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6848号 判決

原告 濱野静子

右訴訟代理人弁護士 辻惠

藤田正人

被告 株式会社常陽銀行

右代表者代表取締役 石川周

右訴訟代理人弁護士 広田寿徳

谷健太郎

半場秀

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一一六〇万円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、債権者を原告、債務者を訴外濱野薫(以下「薫」という。)、第三債務者を被告として債権差押命令が発せられたが、第三債務者である被告が民事執行法一四七条一項の催告に対して、故意又は過失により陳述をしなかったことにより損害を被ったとして、原告が、被告に対し、民事執行法一四七条二項に基づく損害賠償として金一一六〇万円(右金員のうち原告の差押えに係る債権の差押金額一五〇万円については、予備的に差押命令による取立権に基づき請求)並びにこれに対する催告の翌日である平成五年三月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認定し得る事実

1  原告と薫との間の東京地方裁判所平成二年(タ)第三一号離婚等請求事件において、平成四年二月五日、和解が成立し、和解調書(以下「本件和解調書」という。)が作成されたが、右和解条項中には「被告(薫)は、原告(本件原告)に対し、財産分与として金四四八〇万円の支払義務のあることを認め、これを平成四年三月五日限り、原告代理人事務所に持参又は送金して支払う。」との条項がある(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

2  原告は、平成四年一二月一一日、水戸地方裁判所龍ヶ崎支部に対し、執行文の付与された本件和解調書の正本に基づき、債権者を原告、債務者を薫、第三債務者を被告他一六名、請求債権を本件和解調書に表示された金四四八〇万円の金銭債権、差押債権を債務者が各第三債務者に対して有する金員の請求権(被告の江戸崎支店に対する差押金額は金一五〇万円)とする債権差押命令の申立てをし、同支部は、同月一五日、右申立に基づき債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)を発した(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

本件差押命令は、同月二〇日薫に、同月一八日被告(江戸崎支店)にそれぞれ送達されるとともに、被告に対しては、同支部書記官により民事執行法一四七条一項による陳述の催告(以下「本件催告」という。)がなされた(当事者間に争いがない。)。

3  被告は、本件催告に対し、本件差押命令の送達の日から二週間以内に差押えに係る債権の存否その他の最高裁判所規則で定める事項について陳述をしなかった(当事者間に争いがない。)。

4  ところで、本件差押命令が被告(江戸崎支店)に送達された平成四年一二月一八日には、本件差押命令に係る差押債権は存在しなかったが、同月二二日、薫が被告(江戸崎支店)に金一一六〇万円を預け入れ、普通預金取引を開始(以下「本件預金債権」という。)した(≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。

薫は、平成五年三月ころまでに、被告から本件預金債権の弁済を受け、本件預金債権は消滅した(当事者間に争いがない。)。

5  原告は、平成五年一月一四日、本件差押命令を取り下げた(当事者間に争いがない。)。

6  原告は、被告に対し、平成五年三月一三日付内容証明郵便をもって、民事執行法一四七条二項に基づき、被告が本件催告に対し陳述しなかったことによる損害金一一六〇万円及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう催告し、右内容証明郵便は、同月一五日、被告に到達した(当事者間に争いがない。)。

二  原告の主張

1  主位的主張

(一) 被告は、本件催告に対して、民事執行法一四七条に基づき、本件預金債権金一一六〇万円が存在すると陳述すべきであるのに、故意又は過失により、本件差押命令送達の日から二週間以内に全く陳述をしなかった。

(二) 被告が、本件催告に対して、法定の期間内に右陳述をしていれば、原告は、執行文の付与された本件和解調書の正本に基づき、薫の被告に対する本件預金債権金一一六〇万円についての債権執行をして、同額の満足を得ることができたにもかかわらず、被告が陳述をしなかったため、右債権執行ができず、同額の損害を被った。

したがって、被告は、原告に対し、民事執行法一四七条二項に基づく損害賠償義務がある。

(三) 被告の主張に対する反論

本件差押命令は、被告に送達された平成四年一二月一八日の時点で効力が生じ、その効力は原告が本件差押命令を取り下げた平成五年一月一四日まで継続していたというべきであるから、本件預金債権のうち差押金額である金一五〇万円について本件差押命令の効力が及んでいたことは明らかである。

そして、債権差押命令における差押債権の表示は、単に差押えの効力を生ずべき債権及びその範囲を特定するために要求されるものに過ぎないから、例え本件差押命令の被告への送達時に差押命令に表示された差押債権が存在しなかったとしても、差押えの効力が継続している間に右特定された債権が存在した以上、被告は、本件催告に対して陳述すべき義務があるというべきである。

2  予備的主張(本訴請求金額のうち金一五〇万円について)

本件差押命令による債権取立権に基づき、本件預金債権のうち差押金額一五〇万円の支払いを求める。

三  被告の主張

本件差押命令が被告に送達された平成四年一二月一八日の時点では、差押債権は不存在であったから、本件差押命令は無効である。したがって、本件預金債権は差押えの対象となっていないから、被告には、原告主張のような陳述義務はない。

四  争点

1  本件差押命令は、被告に送達された時点で効力が生じ、その効力は原告が本件差押命令を取り下げた平成五年一月一四日まで継続していたか。

2  被告は、本件催告に対して、民事執行法一四七条の陳述義務があるか。仮にあるとすれば、被告が陳述しなかったことに故意又は過失があるか。

3  右2が認められるとした場合、被告が本件催告に対して陳述しなかったことにより原告主張の損害が発生したといえるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

債権差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずるところ(民事執行法一四五条四項)、右差押命令が有効であるためには、右第三債務者への送達の時点で差押債権が存在することが必要であると解される。

しかるところ、前記第二の一の事実によれば、本件差押命令が被告に送達された時点では、差押債権は存在していなかったから、本件差押命令は無効というべきである。

したがって、これと異なる原告の主張は採用できない。

二  争点2について

民事執行法一四七条によれば、第三債務者は、差押命令が第三債務者に送達された時を基準として差押えに係る債権の存否その他の最高裁判所規則で定める事項について陳述すべき義務があり、かつ、それで足りるというべきである。

したがって、本件のように右の時点において差押えに係る債権が存在しない場合には、被告は、その旨の陳述をする義務があるにもかかわらず、前記のとおり、本件催告に対して、全く陳述していないところ、その理由について何ら合理的な説明がないから、少なくとも被告に過失があったと推認するのが相当である。

なお、原告は、本件差押命令が被告に送達された後に発生した本件預金債権の存在について陳述すべきであると主張するが、前述したとおり、第三債務者は、差押命令が第三債務者に送達された時を基準として差押えに係る債権の存否その他の最高裁判所規則で定める事項について陳述すべき義務があり、かつ、それで足りるというべきであるから、本件預金債権の存在まで陳述すべき義務はないというべきである。

三  争点3について

原告は、被告が本件預金債権の存在について陳述しなかったことにより損害を被った旨主張する。

しかしながら、被告に本件預金債権の存在についての陳述義務がないことは前述したとおりである。もっとも、被告は、差押債権が存在しない旨陳述する義務があり、それにもかかわらず陳述していないことは前述したとおりであるが、原告の主張する損害は、被告の右陳述義務の不履行と相当因果関係のある損害とは認められないというべきである。

四  結論

以上の次第で、原告の主位的主張及び予備的主張とも認められないから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

(裁判官 角隆博)

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